神戸大学大学院工学研究科応用化学専攻/工学部応用化学科

教育

教育カリキュラムの紹介

学部教育の目指すもの

2024年4月

 物質の性質や変化を扱う「化学」を通じて産業の発展をもたらし社会に貢献することを考えてみよう。そのためには,地球上にある様々な物質(matter)を役に立つ材料(materials)にすること,新規な反応を簡便に行わせること,さらにその反応プロセスを安全かつ無駄なく進行させ化学製品を製造することは化学にとって必然的課題といえる。すなわち,様々な産業において必要とされる材料とそのプロセスを創出し,よりよい社会を創ることが工学としての化学の役割といえる。

 応用化学科は化学を専門とし,社会に貢献できる人材を育成することを目的としている。そのために必要な専門分野に長けたプロフェッショナルとして活躍できる知識と能力を身につけることが求められる。新しい発想によって研究開発を進展させるには,専門分野における幅広い知識を身につけ,自由な発想を育むことで成り立つことは,これまでの学問の歴史が示しているところである。応用化学科では,化学・数学・物理学等をカバーする自然科学系専門科目が選択必修科目として構成され,自らの意志で専門知識を身につけることができるよう,カリキュラムを編成している。

 ところで,化学を学びプロとして活躍するになるまでには,専門知識を身につけることだけで叶うだろうか?答えは「否」と言わざるを得ない。いかなる分野においても,個人の努力だけで社会への貢献を実現することは極めて困難であり,多くの様々なバックグラウンドを持った人々との協力により,初めて成し遂げられるといって過言ではない。このような中で自らの役割を果たすためには,年代・性別・地方・国を問わず,様々な人との交流(コミュニケーション)を通じて自身の考えを明確に示すことが求められることは言うまでもない。

 我が国をとりまく環境は,資源・環境・エネルギー・少子高齢化といった社会の懸念材料とそれに関わる技術的課題をあげるまでもなく,必ずしも平穏ではないことは明らかであろう。すでに技術力だけに頼る産業のあり方は機能せず,人々の価値や多様なモノの考え方を理解し,何が必要とされる技術なのかを判断することが求められている。我が国における化学工業は高度成長期に大きく発展してきたが,その市場は海外に広がり,多くの日本人が諸外国で工業生産に当たっている。このように経済・市場がグローバル化する中,我々は化学に関する学修はもちろんのこと,グローバルに展開する産業構造に対応できる能力を身につけなければならない。

 以上のような状況を鑑み,応用化学科では以下のような学修目標に基づき,カリキュラムを構成している。
 ・物質化学・化学工学における広範な専門分野を偏ることなく学修できる。
 ・数学・物理学・外国語科目等の専門基礎科目を充実させ,化学の学修をサポートする。
 ・広い教養を身につけた化学者になるべく,基礎から高度な内容にわたる各種教養科目を受けることができる。
 ・講義・演習を組み合わせた科目が多く配置されており,講義で得られた知識を演習によって確認し,自らPlan-Do-Check-Act (PDCA) サイクルに基づく学修を行うことができる。
 ・技術者・化学者として必要不可欠な実験技術について実験科目を通じて身につけることができる。

 以上の学修目標に基づいたシラバスはどの科目も4年次に配当される卒業研究に欠かすことの出来ないものであり,各分野の専門科目について概ね70-80%前後の単位修得が望まれる。卒業研究では応用化学教員から構成される研究グループに配属される。そこでは工学研究科・科学技術イノベーション研究科に所属する教員の指導の下,大学院生とともに個別の研究テーマを通して実験手法や化学の考え方を体得することになる。教員の専門分野を通して,最先端の化学研究と産業技術を身近に感じながら研究を行うことによって,自然科学に対するものの考え方,研究への取り組み方を身につけることができる。

 さて,学生諸君が卒業し,社会で活躍するべき将来の科学技術の発展において化学者がなすべき役割は何であろうか?この数十年,産業界における化学工業は石油化学製品・金属セラミックス・プラスチックスのような基礎素材の生産だけでなく,エレクトロニクス,ナノテクノロジー,分子機能工学,エネルギー・環境材料,バイオリファイナリー,医療・生命工学・健康産業,食品工学などあらゆる分野の工学や産業において多大の貢献をしてきた。これらの概念の中には数十年前には全く存在しなかった分野も多い。科学技術の大きなうねりの中で応用化学科は1948年に前身の神戸工業専門学校に化学工業科が設立されて以来,様々な組織改編を経て,大学院工学研究科を中心とする自然科学系学部につながる総合的な化学系学科に成長し,現在に至っている。現在,大学院応用化学専攻は研究組織を柔軟に変えていきながら最新かつ多様な研究を遂行できるフレキシビリティを有しており,原子・分子のナノ・ミクロレベルの化学から分子集合体である化学物質・材料への機能性の付与,機能性の発現,物質の創製および生産技術への生物機能の工学的応用,実際のマクロな工業規模の製造,生産の技術やシステムにわたる広範囲の研究を網羅している。現在,以下の物質化学講座・化学工学講座に所属する研究グループを擁する大学院の下で学部教育を受けることができるようになっている。

物質化学講座
 原子とそれによって構成される分子の世界に分子の集合により作り出される多様な機能とを結びつけることを目的とし,原子・分子レベルの物質からナノ・メソ・マクロに至る広範囲の集合体を対象として,化学物質・材料の精密かつ高度な機能性の付与及び,機能性の創製を行い,工学の立場から機能発現の機構解明とそれに基づく新規な物質創製技術を以下の3つの教育研究分野に基づいて研究する。

・物質創成化学
 無機材料創製の反応場となる溶液内の化学平衡論をベースとし,異相共存場効果の解明と応用,金属超微粒子の合成とその機能発現,ソフト溶液プロセスによる金属酸化物薄膜・高次構造体の合成と物性に関して無機材料化学や電気化学の観点から研究を進める。また,新規有機化合物の合成・反応・構造,有機理論計算・反応機構に関する基礎研究や,新型の医薬・農薬の開発を目指した生物活性物質の設計・合成・活性評価,新規機能性ヘテロ環化合物の開発等に関する応用研究を行う。

・物質制御化学
 新素材の構造と機能を平衡論,電子遷移,構造解析など物理化学の観点から関連づけ,分子ナノテクノロジーの基礎的研究と結晶成長や配向構造を制御した新規デバイスの開発を目指した研究にとりくむ。

・物質機能化学
 高分子や微粒子分散系などに代表されるソフトマターについて不均一・局所場での材料創製および機能発現に関する基礎的および応用研究を行う。また,高濃度電解質水溶液の物性・構造の解明と応用,無機・分析化学からの立場よりエネルギー・資源の有効利用の研究を行う。さらに,先端医療(再生医療や薬物送達システム)の発展に寄与すると期待される生体に接するマテリアル(生体材料もしくはバイオマテリアル)の分子設計・合成から細胞を用いた機能評価に取り組む。

化学工学講座
 化学反応及び生物反応に基づく物質・エネルギー変換過程における,分子間相互作用,生体分子機能及び物質・エネルギー移動現象の解明に基づいて,新規素材・反応触媒の開発,反応・移動現象の制御法の確立,新規生産プロセスの創造をすすめ,有用物質,エネルギーの高効率,低環境負荷生産プロセスの開発について,以下の3つ教育研究分野の下,研究を行う。

・反応・分離工学
 種々の化学工業プロセスのみならず,環境・エネルギー問題を解決する上で重要な触媒に関する基礎・応用研究を行う。特に省資源・省エネルギーの観点から選択的な酸化・還元触媒の開発やクリーンで,無尽蔵な光エネルギーの利用を目指した光触媒の開発を行う。また,水資源確保,大気環境保全,水素エネルギーの効率的利用といった環境・エネルギー分野への貢献をめざして,分離機能膜などの新規な材料について,素材の創製から微細構造制御法の確立,さらにプロセスの構築にいたる研究を行う。

・プロセス工学
 流動,伝熱,物質移動を取り扱う移動現象論を基礎として,化学プロセスに現れる複雑な現象の解明とモデル化,取り扱う流体の諸物性に対する温度・圧力効果の解明,非ニュートン流体やサスペンジョン等の複雑流体のレオロジーについて研究を行う。そして,地球環境との調和を実現する新しいプロセスの開発,プロセスの生産工程の計画設計および運転制御のための基礎的方法論構築,省エネルギー型空調システムや機能性薄膜の塗工プロセスの構築を行う。

・生物化学工学
 遺伝子組換えなどの技術を用いて生物機能を高度化することにより,高効率のバイオリアクターによる有用物質の生産,環境・エネルギー問題に対応できる新しいバイオプロセスの構築などの研究を行う。また,生物機能を利用した効率的かつ高度なバイオ生産・分離プロセスの開発を目指して,微生物や培養細胞を利用した有用物質生産・環境修復,および,バイオ分子間特異的認識による高純度精製・高感度検出法などの研究を行う。

 以上のような充実した研究環境の下,将来の研究者像を身近に感じることができる。特に応用化学専攻には性別・国籍を問わず幅広いバックグラウンドをもつ大学院生が多数学んでおり,学部生はその中で自らのロールモデルを見いだすことができるだろう。価値観が多様化し大きく変動する中,将来にわたって化学者として活躍するには,今ある化学の知識の修得に留まらず,普遍的に自然科学に対する深い洞察力と社会における物質・材料のニーズに対する理解力・判断力を持つ人材に成長することが必要となる。我々は,学生諸君がこのような充実した研究環境を有する応用化学科において学修の成果を上げ,将来にわたって人間的にも調和のとれた自立した化学研究者・技術者として活躍できる人材として,卒業されることを願ってやまない。

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